歌手になるinイスタンブール

朝の8時にイスタンブールに到着した。

バスターミナルから、市街地までは距離があったので地下鉄に乗り街の中心部まで向かった。

イスタンブールの中心部からは少し離れ他場所で、地下鉄をおり、中心部まで向かうことにした。

イスタンブールの街は坂道が多かった。20kg近いバックパックを背負いながらイスタンブールの町を歩くのは少し体力のいることだった。

そこからまずはブルーモスクと言われているスルタンアフメト・モスクに行くことにした。
ブルーモスクの建築は、空に浮いているように見えるような建築様式らし。
確かに浮いているように見えなくもない気がした。
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そこからさらに歩き、約30分後に有名なガラタ橋が見える場所に到着した。

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ガラタ橋の上からは多くの人が魚釣りをしていた。

橋の上から川までは高さがあったが糸を長くしていて、問題なく釣りをしていた。

橋の向こう側に行き大通りに出た、おれはそこからまたガラタ橋近くに戻り、サバサンドを食べることにした。

世界一周の旅中に絶対に食べたいと思っていたものだったので、すごく食べるのが楽しみだった。

一番多くの人が並んでいる場所にいき、サバサンドを注文することにした。

きっと美味しいに違いないと思っていたが、味は意外にも普通だった。25BB9C89-B701-424C-BC77-96F74CF05446_1_105_c
もっと美味しいものになるんだろうと思っていたので少しがっかりだった。日本で食べたことのあるサバサンドの方がよっぽど美味しかった。

サバサンドを食べ終え、おれは夕陽が見える綺麗な場所でゆっくりしていた。

するとその時、一人の男性が声をかけてきた、彼はシリア人だった。

トルコには多くの移民が住んでいた、イラク人、アフガニスタン人、シリア人、もうすでに多くの移民の人に出会っていた。

彼にシリアは今どうなっているのかの話を聞いてみた。

おれは彼に、「自分の出身地には帰らないの?」と聞くと、「自分の出身地はまだ戦争をしていて帰れないよ」「まだ家族はシリアに残っているから心配だ、戦争なんて大嫌いだ」と言っていた。

世界にはいろんな世界があった。きっと彼はおれが今まで見たことのない世界を見てきたのだろう。

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彼と話していると、日は沈んであたりは暗くなっていた。

おれはその後マクドナルドに行った。
マクドナルドに入った時に、一口だけ食べて、放置されていたチーズバーガーがあった。821BB75E-2590-4FD9-B4ED-F413537E9D21_1_105_c

ずっとそのチーズバーガーを見ていた、何分たってもそのチーズバーガーの持ち主は現れなかったので、おれが代わりに食べることにした、そのチーズバーガーはすごく美味しかった、だが食べている時に、おれ何しているんだろうと言う感覚になった。

日本から遠く離れた場所まで来て、人が食べ残したチーズバーガを食べてるなんて、何かおかしいんじゃないかという感覚になった。

おれは考えた、何しているんだと。旅中に捨てられているご飯を食べることについて、自分のできる限り深く考えてみることにした。

捨てられているご飯を食べる事で日本人のイメージが下がるんじゃないかと。
そう考えた、もっと深く考えてみることにした。

食べ物を無駄にしない日本人だとしてイメージが下がるんじゃなくて、むしろ上がるんじゃないかとも考えた。おれが捨てられているご飯を食べることによって、食べられるために殺されてしまった牛もきっと食べられずに捨てられるよりは、食べられた方がいいんじゃないかと。

結果的におれはいいことをしているっbじゃないかと思った。
おれのお腹も満たされるしこれは、win win win
の関係だと気がついた。
その後マクドナルドでご飯を捨てそうな人がいたら、こう話かけることにした。

え、ご飯捨てるんですか?それならもったいないから、おれが食べますよ」と。

意外とご飯を捨てる人が多かったので、おれはマクドナルドを出る時には、満腹になっていた。

マクドナルドを出てから、今日寝れる場所を探した。
大通りの近くに小さい公園があった。今日はあまり寒くなく野宿ができそうだった。

公園の近くにあった、小さなマーケットにここで寝ても大丈夫か、話をしに行った。

すると、マーケットのオーナーが寝ても問題ないけれど、「今何歳で、どこから来たの?」と聞かれた。
おれは19歳で、日本からきたよ」と言った。
すると彼は驚いて「19さいなの?!」と何度も聞いてきた。
彼は「日本に帰った方が安全だよ、明日帰りな」と笑いながらいった。スクリーンショット 2020-08-05 23.39.54

まだ寝るには早かったので、大通りで歌を歌ってお金を稼いでみることにした。
彼のマーケットに荷物を置いて、段ボールをもらい、その段ボールに「I’M JAPANESE SINGER」 と書き、路上で上を向いて歩こうを何度も歌った。

おれは海外で歌手デビューを果たした。

1時間ほど歌った。意外と多くの人が、笑ってお金を入れてくれた。
一種のエンターテイメントだった。
日本円にして約2,000円集めることができた。スクリーンショット 2020-08-05 23.38.29

そのお金を持って荷物を置いているマーケットに戻った。
オーナーはおれが2,000円を持ち帰ると、また驚いていた。

夜が遅くなってきていたのでそろそろ寝るよと言うと、マーケットにあった食料を分けてくれた。

彼にまた明日ね、おやすみと言い、公園にテントを広げ、すぐに眠りについた。

公園で起き、朝マーケットのオーナーの彼に挨拶し、今日一日中荷物をマーケット内に置かせてもらえることになったので、置かせてもらい、イスタンブールの街をスケボーで回った。

スケボーでガラタ橋を渡っているとレストランのオーナーと仲良くなり、話をしていた。
彼は、日本人の女性が大好きらしく、日本人と結婚したいと言っていた。
話をしていると彼から提案された、日本人の女性の連絡先を教えてくれたらサバサンドを御馳走するよと。

おれはすぐに一人の女性の連絡先を彼に渡し、サバサンドをゲットした。スクリーンショット 2020-08-05 23.35.48

その日本の女性からは後日、怒られた。
だがお腹が満たせたのでお腹が満たせたので、おれには満足だった。

暗くなってきた頃にまた大通りで歌を歌い、その後にマーケットに」戻った。

おれは明日イスタンブールを出る予定だったので、彼に別れの挨拶をした。彼はまだ「明日、日本に帰った方がいいと言い続けていた
今日も彼から食料をもらい、また公園にテントを広げ、眠りについた。

朝目が覚めてから、日本の友達と会いことになっていたので集合場所に向かい、一緒に昼食を食べた、日本語を話すのが久しぶりすぎた。
おれは日本語をお互い話せて、簡単に意思疎通ができることが嬉しかった。

彼と会った後、おれはヒッチハイクでブルガリアに向かうことにした。

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